震災と私とアメリカ人たち―3月19日ーバカルディ&コーク

いつもとは違う雰囲気の中で、いつものように働いていた。
震災の影響で客がごっそり減ってしまった東京都内にあるホテルはとても静かで、朝食の時間が終わるとほとんど客はいなかった。
今日は終わったら映画を見に行きたいなぁ、なんてことを考えていた。
11時を少し過ぎた頃だった。 
「チリンチリン」
ドアが開く時、上部に付けた鈴がこの音を鳴らす。

誰か来た。

バックパックとさらに、もうひとつ大きなボストンバックを持った、アメリカ人らしき男性が、白い歯をちらつかせながら入ってきた。
こんがり日焼けした顔から、その白い歯がよく目立っていた。
その風貌から、ただの観光客じゃないことは一目瞭然だった。
午前中に今日のチェックインリストを確認したけど、外国人の名前はない、おそらく飛び入りの客だ。
この人はもしかしたら、震災で被害を負った日本を助けに来た救世主かもしれない。
そんなことを考えながら、チェックインの手続きを済ませた。
(もしかしたらこの時すでに、僕の頭の中では、この人は日本を救う救世主だと決めつけていたかもしれない)
そんな妄想をしていたものだから、まだ清掃が終わっていない部屋に入れてしまうという失敗をしてしまった。
部屋の準備ができるまで荷物は荷物置き場に置いても構わないことをつげると、彼はホテルの一階にあるカフェへ向かった。
しばらくすると彼はフロントにいる僕の方に近づいてきた。

テッド「ガソリンを入れる携行缶が100個くらい欲しいんだけど、どこで手に入るか知ってる?この辺でそういうのを売ってる店があれば教えてほしいな」

突然のリクエストに、僕はほとんど困惑した。
何のために必要なのか、そもそも携行缶って何だ?それを聞く必要があった。
ついに彼の正体が分かった。

名前はテッド。
アメリカで石油卸売業を営む傍ら、災害で被害を受けた場所に無料で燃料を配る活動をするNGO団体Fuel Relief Fundの代表をつとめている。
今まで、ハイチやカトリーナ等の災害援助の経験がある。
今回は日本の東北関東大震災のことを聞きつけ、単身で日本に乗り込んできた。
ガソリンを被災地にもっていき配りたいらいし。

やっぱり、おもった通りだった。

彼の正体も分かったところで、携行缶を手に入れられそうな心当たりがある場所をあたってみた。
結果は全滅。
どこも売り切れだった。
全滅だったことをテッドにつげると、ショックを受けたような表情をした。

少し間があって、次のリクエストが来た。

テッド「トラックと運転手が必要なんだけど、何か心あたりはないかな?」

じょじょに、質問は難しくなっていった。
でもまだ僕には心あたりがあった。
普段は、入谷で宿を経営しているが、今回の震災にともない支援活動をしているという人が知り合いにいた。
名前をHさんという。
以前Hさんに電話をしたときに、ハイエースとトラックがあるということを聞いていた。
もしかしたらという思いで、ダメもとで電話してみた。
タイミング悪く、出発直前だったため、ほとんど話しをすることができないまま終わってしまった。
相手のことを考えずに、いきなり電話してしまった自分を責めた。
でもこのままでは終われない。
僕はなんとしてでもこの人の力になりたい、この人がここで活動できるようにするための手助けをしたい。
いつのまにか、僕は、そんなことを考えるようになっていた。

ふとHさんは事務所を借りたと言っていたのを思い出した。
そこのスタッフと連絡をとって話しを聞いてもらうことを試みた。
考えはうまくいき、その日の夜に事務所で会ってもらえることになった。
入谷にある事務所で待ち合わせることにして、いったんテッドと別れた。
20:00に予定していたが、テッドは10分くらい遅れてきた。
ガラス張りで、外から中が見えるようになっている事務所にて、初ミーティングが行われた。
僕のつたない通訳で、どれだけ理解しあえたのかが気になるところだが、事務所のスタッフは僕たちの意見に好意を抱いてくれた(このころからすでに、テッドと僕は、チームだという意識が生まれていた)。
トラック、携行缶、運転手の件で具体的に話しは進まなかったけど、次の日にHさんと直接話しができるということになり、次のステップにつなげることはできた。
小一時間くらいのミーティングが終わり、事務所近くの宿兼バーに行った。
それはHさんが経営している宿である。
バーのカウンターで一息つくと、ビショビショになった脇が、初めての通訳で緊張していたことを教えてくれた。
宿には数人お客さんがいて、その中に1人、白人がいた。名前はトッド。
彼も日本に災害支援のためにきた1人だった。
このトッドとこれから長い付き合いになるとは、その時これっぽっちも思ってなくて、ただ僕は、慣れない通訳が終わってホッとしていただけだった。
テッドはラムコークを一杯飲みほし、次にバカルディ&コークにいった。
ダブルのそれを飲んだテッドは明らかに酔っぱらっていた。
日本についてから考え事をしすぎて平均睡眠時間が3時間だと言った。
それはテッドがアメリカからはるばるやってきたことを改めて感じさせた。

第一日目 終
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# by nagatashikohjo | 2011-03-29 13:44 | ヤマモトシコージョ

ヤマモトシコージョ

皆様はじめまして
ナガタシコージョの住民の一人です。

今まで、自分の書いた文章が人様のお目にかかるのがどーも恥ずかしくて、こういうブログといったものを書こうとしても、書いては消して、また書いては消してを繰り返し、結局、何も書かないで終わっていました………

文章力を向上させたいので、今年は文章を書いていきます。
人目に触れることを意識するが、それを手助けするはずです。
それではよろしくお願いします。


 
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# by nagatashikohjo | 2011-03-28 15:57 | ヤマモトシコージョ

toco.に行ってきた。

きょうは同居人に(きゅうに!)誘われて、tocoに行ってきた。
またの名を「鶯谷の避難所」。


完全避難マニュアル東京版」という企画が、2010年末にあったのだけれど。
これは、東京の山手線の全駅に「避難所」が設けられる企画だった。
観客はまずインターネットから公式サイトにアクセスをして、「避難所」への地図を受け取る。
そうして、決して十分ではない情報(だがそこがいい)をもとに、避難所までたどり着くと、
その土地ごとにまったく違った「避難」が体験できるというもの。
Port Bという演劇の人たちが考案した企画。

島嶼部に向かう船を見送ったり。囲碁をじっと眺めたり。居酒屋で占いを受けたり。
ぽっかりと空いたスペースで小説を読みながらたたずんだり。
東京のいろんな場所を回ることで(それでも全部は回れなかったけれど)、
こんなにこの街には「避難」できる場所があるのだなあと、リサーチ力に舌を巻いた。

で。はじめにウェブにアクセスすると、
いくつものパーソナルな質問を2択で答えるような、クイズに回答しなければならない(すっごくゲーム的)。
その後に、「あなたの避難所は…」と言って、駅の名前が出てきて、地図が出てくる。

そこで@ngty1rが当たったのが、「鶯谷」だった。
そして行先は、tocoでした。


情熱的な、同い年の経営者がオープンさせたゲストハウス。
築年数がナガタシコージョの倍くらいある日本家屋のリノベーションしたスペース。
宿泊スペース以外に、宿泊客以外もふらっと来られるバーのスペースがあって。
外国人の宿泊客もかなり多いみたい。
詳しくはウェブサイトを見てほしいです。
同居人もぼくも写っている(2011.3現在)トップページ。みんな見るといいよ。
東京ゲストハウス toco.


ここで、「避難民」として初めて訪れた時に出会った人と、なんとなーく話が盛り上がって、
当時構想中だったシェアハウスの話をしてみたところ、もろもろ条件が合いそうだったので、
じゃあまた今度ゆっくり、と言って別れたのが、今の同居人というわけで。

だけど、今日行ったら、ずいぶんと人が少なかった。
やはり震災の影響は大きく、キャンセルで予約表が修正液でいっぱいにっているののを見せてもらった。
オープンしたてなのに。痛手だよなあ。

同居人は、この経営者が今回の震災を受けて立ち上げたプロジェクトの関係で来ていて、
ひたすら英語を話してくたくただったよう。

これからも飲みに行こう、と思った。
抹茶ビール、おすすめですよ(外国人には不人気らしい)。
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# by nagatashikohjo | 2011-03-19 01:25 | 日々

東日本大震災をうけてのご案内、続報。

下記の記事からの続報です。

日常編集家・アサダワタルさんが、かなり思いと近い提案をしていたので、コンタクトをとってみました。
【東日本大震災の一次疎開先を可能な限りつなぎます)】(転載可)

地震や原発にかかわる問題からの避難ということももちろんそうですが、
何も起こらないかもしれない東京だけれど1人暮らしだから不安、みたいな層もいる気がします。
そういった社会不安からの避難、ということでもいいのかな、と思っています。

できることをできるだけ、自分のやっていることにも引き寄せながらつなげていけるといいなと思っています。
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# by nagatashikohjo | 2011-03-18 01:18

東日本大震災をうけてのご案内。

@ngty1rはこんな企画にも携わっていますが、
ナガタシコージョでは、帰宅困難の方、通勤難民の方、被災地からの避難者、
テレビとTwitter見すぎてよくわからないからちょっといったん冷静になりたい方など、
今回の出来事で困っていたりいなかったりする方たちを、一時的に受け入れようと思っています。

まだまだ関東圏はどうなるかわからず、むしろ西に避難している人も多いなかですし、
けっして避難所に適した環境ではないですが、もしご興味があればいつでもご連絡ください。

連絡先=@ngty1r もしくは honjo.houseshare[at]gmail.com

どんなところなのか、ほかもっとくわしく
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# by nagatashikohjo | 2011-03-17 02:44


東京都墨田区にある工場の2階に住んでいます。


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